皆さん、こんにちは。集中投資マスターへの道を歩む本連載も、第2部「理論と分析の深化」の中盤に差し掛かりました。

前回までの講義(第1部〜第11回)で、私たちは「なぜ集中投資なのか」という哲学の核心に触れ、バフェットやマンガーといった巨人の思考を学び、財務分析の基礎を固めてきました。

そして今回、私たちは集中投資の歴史における「もう一人の巨人」の門を叩きます。

もし、第3回で学んだウォーレン・バフェットが「私の投資哲学の85%はグレアム(師であるベンジャミン・グレアム)から、15%はフィッシャーから来ている」と語った時、その「15%」が何を意味するのか、深く考えたことはありますか?

バフェットの相棒であるチャーリー・マンガーは、こう付け加えています。「もしバフェットがフィッシャーのアイデアに出会わなければ、彼の(驚異的な)実績はなかっただろう」と。

バフェットを「シケモク投資家」から「超優良企業への永続的投資家」へと変貌させた、その「15%」の源泉。それこそが、今回学ぶフィリップ・A・フィッシャー(Philip A. Fisher)の哲学です。

フィッシャーは、「成長株投資の父」と呼ばれます。

集中投資家が探し求める「永続的な競争優位性」(第4回)とは何か。そして、それを財務諸表の「外」から見つけ出す驚くべき調査手法とは何か。

今回のケーススタディは、あなたの企業分析の「解像度」を劇的に変えることになるでしょう。フィッシャーの叡智の核心、「スカトルバット(Scuttlebutt)調査法」の世界へようこそ。


1章:フィリップ・フィッシャーという「変革者」

フィリップ・フィッシャー(1907-2004)は、ベンジャミン・グレアム(バリュー投資の父)とほぼ同時代に活躍しながら、全く異なるアプローチで伝説的なリターンを叩き出した投資家です。

もしグレアムが「安さ(定量)」を追求し、「平凡な会社を、素晴らしい価格で買う」ことを説いたなら、フィッシャーは「質(定性)」を追求し、「素晴らしい会社を、まずまずの価格で買う」ことの重要性を説きました。

この対比こそ、バフェットの中で起きた「変革」そのものです。

グレアムの「シケモク」 vs フィッシャーの「成長」

グレアムの投資(バフェットが初期に実践した「シケモク投資」)は、本質的に「清算価値(企業が今すぐ解散したらいくらになるか?)」との比較でした。企業の将来性や経営陣の質は二の次で、とにかく「安い」ことが正義でした。この手法は分散投資と相性が良く、一度リターンが出たら(適正価格に戻ったら)売却するのが基本です。

一方、フィッシャーは真逆を向いていました。彼は、企業の価値は「現在」ではなく「未来」にあると考えました。

彼が探し求めたのは、単に「成長している会社」ではありません。「長期にわたり、業界平均をはるかに上回る成長を続けることができる、卓越した経営陣に率いられた、一握りの超優良企業」です。

そして、そのような企業を見つけたならば、彼は徹底的に集中投資を行いました。彼のポートフォリオは数銘柄で構成され、一度購入した株は「ほぼ永遠に保有する」ことを理想としました。

彼の最も有名な投資の一つであるモトローラ株は、1955年に購入してから2004年に彼が亡くなるまで、約半世紀にわたって保有され、数百倍のリターンをもたらしたと言われています。

この「超長期保有」と「集中」を正当化するために、フィッシャーは企業の本質的な「質」を見抜くための、独自のリサーチ手法を開発する必要がありました。それが彼の哲学の核心となっていきます。


2章:フィッシャーの「15の原則」——何を探すべきか?

フィッシャーのバイブルとも言える名著『株式投資で普通でない利益を得るために』(1958年刊)の中で、彼は「投資すべき素晴らしい会社」を見極めるための15の原則(15 Points)を提示しています。

すべてを暗記する必要はありませんが、これらの問いが何を明らかにしようとしているのか、その「精神」を感じ取ることが重要です。これらは50年以上前に書かれたものですが、現代のハイテク企業を分析する上でも驚くほど有効です。

特に重要な原則を、現代的な解釈を交えて見ていきましょう。

1. 将来性:「今後数年間、売上高の大幅な伸びが期待できる製品やサービスを持っているか?」

フィッシャーは、巨大な市場(TAM – Total Addressable Market)で成長する可能性を求めました。彼は、一発屋の製品ではなく、継続的に市場を拡大できる「仕組み」を重視しました。

2. R&D:「現行の製品ラインを維持するためだけでなく、新たな収益源を開発するための、強力な研究開発(R&D)体制を持っているか?」

彼は、R&Dを「コスト」ではなく「未来への投資」と見なしました。経営陣が目先の利益(EPS)を良く見せるためにR&Dを削減するような企業を、彼は厳しく退けました。

3. 販売組織:「業界平均を上回る、卓越した販売・マーケティング組織を持っているか?」

どれほど優れた製品も、顧客に届かなければ意味がありません。フィッシャーは、企業の「営業力」——顧客との関係構築、市場ニーズの把握、フィードバックを製品開発に活かす力——を徹底的に分析しました。

4. 利益率:「業界平均を上回る利益率(マージン)を維持できているか? また、それを改善しようとしているか?」

高い利益率は、競争優位性(第4回で学んだ「モート」)の現れです。彼は、薄利多売のビジネスよりも、価格決定権を持つ高収益企業を好みました。

5. 経営陣の誠実さ:「経営陣は株主に対して誠実か?特に『悪いニュース』を隠さず、迅速に開示するか?」

これはフィッシャー哲学の核心の一つです。彼は、良いニュースばかりを喧伝し、都合の悪いことを隠蔽する経営陣を最も嫌いました。問題が発生した時に、それを認め、対策を講じ、株主に正直に報告する「インテグリティ(誠実さ)」を最重要視したのです。

6. 人材の層:「経営陣は優れた人材を育成し、権限を委譲しているか?」

彼は、ワンマン経営の脆さを知っていました。CEOが天才的であっても、その後継者や、各部門のリーダーが育っていなければ、その成長は持続可能ではないと判断しました。


これら15の原則(残りはぜひ原著で確認してください)は、私たちが第2部で学んでいる「定性分析」や「経営者の質の見抜き方」のまさに原典です。

では、フィッシャーはこれらの「答え」をどうやって見つけたのでしょうか? 決算書を読むだけでしょうか? 経営者に「あなたは誠実ですか?」と聞くのでしょうか?

もちろん、答えは「否」です。ここで、彼の真骨頂である「スカトルバット」が登場します。


3章:スカトルバット調査法という革命

スカトルバット(Scuttlebutt)とは、もともと船乗りたちの「水飲み場の噂話」や「ゴシップ」を意味する俗語です。

フィッシャーは、この「現場の生々しい情報」こそ、企業の真実を映し出す鏡であると考え、体系的な投資リサーチ手法へと昇華させました。

スカトルバットの本質は、「その企業の公式発表(財務諸表、プレスリリース、経営者の言葉)を、決して鵜呑みにしない」という強烈な懐疑心から始まります。

彼が知りたかったのは、「会社が言っていること」ではなく、「会社が実際に行っていること」であり、「業界関係者がどう評価しているか」でした。

そのために、彼は企業の「生態系(エコシステム)」を構成するあらゆる関係者に、執拗なまでにインタビューを敢行しました。

スカトルバットの具体的な調査対象

フィッシャーの調査網は、企業の利害関係者(ステークホルダー)全体に及びます。彼はこれらの人々から「パズルのピース」を集め、企業の全体像を浮かび上がらせました。

1. 顧客(カスタマー)

  • 「なぜ、A社ではなく、その会社の製品を使い続けるのですか?」(=スイッチングコストの源泉)
  • 「製品の不満な点は? サポート体制はどうですか?」
  • 「もし競合が10%安くオファーしてきたら、乗り換えますか?」

2. 競合他社

  • 「(調査対象の)会社の最大の強みは何だと思いますか?」
  • 「逆に、彼らの弱点、あるいは『馬鹿げている』と思う点はどこですか?」
  • 「彼らの営業担当者は手強いですか?」
  • (フィッシャーは、競合他社が「恐れている」あるいは「尊敬している」企業にこそ、本物の強さがあると見抜きました)

3. 仕入先(サプライヤー)

  • 「彼らは技術的に高度な要求をしてきますか?」(=イノベーションの証左)
  • 「支払いはスムーズですか? 無理な値引きを要求してきませんか?」
  • 「彼らの将来性についてどう思いますか? 注文は増えそうですか?」

4. 元従業員(特に不満を持って辞めた人)

  • 「なぜ辞めたのですか? 最大の不満は何でしたか?」
  • 「社内の雰囲気は? 経営陣は現場の意見を聞いてくれましたか?」
  • 「経営陣を尊敬していましたか? 彼らの誠実さについてどう思いますか?」
  • (フィッシャーは、特に「経営陣の誠実さ(15の原則)」に関する裏付けを、元従業員から取ることを重視しました)

5. 業界団体・学者・コンサルタント

  • 「この業界全体のトレンドはどうですか?」
  • 「その会社の技術的優位性は、あと何年続くと見ますか?」

スカトルバットの目的

この調査の目的は、単なる「情報収集」ではありません。集めた情報(噂話)を、公式発表や財務データと照らし合わせ、その「裏付け(Verify」と「ギャップ(Gap」を見つけることにあります。

  • 裏付け: 経営陣が「我々は業界最高の技術を持っている」と言った時、競合他社が「ああ、彼らの技術には敵わないよ」と漏らせば、それは強力な「買い」のシグナルです。
  • ギャップ: 経営陣が「離職率は低く、社員の士気は高い」と言った時、元従業員が「上層部は腐敗しており、優秀な人間から辞めていく」と証言すれば、それは深刻な「危険」のシグナルです。

スカトルバットは、企業の「外堀」から徹底的に攻め、財務諸表という「過去の地図」では見えない、ビジネスの現場という「生きた地形」を理解するための技術なのです。


4章:フィッシャー流「集中投資」の実践——買った株は売るな

この骨の折れるスカトルバット調査を経て、フィッシャーが「15の原則」を満たすと確信した一握りの超優良企業。彼はその企業に資金を「集中」させます。

そして、彼の投資哲学で最もラディカルなのが「売り(Sell」の哲学です。

グレアム派のバリュー投資家が「適正価格に戻ったら売る」のを基本とするのに対し、フィッシャーは「素晴らしい会社の株を売る最適なタイミングは、ほぼ永遠に来ない(almost never)」と断言しました。

なぜなら、真に偉大な企業は、市場の予想を裏切り、何十年にもわたって複利的に成長を続けるからです。「株価が上がりすぎたから」という理由で売却することは、その後の最大の果実(テンバガー、あるいはハンドレッドバガー)を取り逃がす最悪の愚行だと考えました。

彼は、投資家が株を売るべき理由を、厳格に3だけに限定しました。

  1. 当初の分析が間違っていたことが判明した時。

(スカトルバットで得た情報が誤りだった、あるいは見落としがあったと気づいた時は、即座に売る)

  1. 企業が「15の原則」を満たさなくなった時。

(経営陣が不誠実になった、R&Dを怠るようになった、競争優位性が失われたなど、企業の「質」が劣化した時)

  1. (非常に稀だが)明らかに優れた、別の投資機会が見つかった時。

(ただし、彼は既存の保有銘柄を売ってまで乗り換えることには極めて慎重でした)

彼の投資とは、スカトルバットという膨大な初期コストをかけて「本物」を見つけ出し、あとはその企業の成長を「忍耐強く」待ち続けることでした。

市場が暴落しようと、株価が一時的に割高に見えようと、彼は動じませんでした。彼は株価(ミスター・マーケット)ではなく、ビジネスそのものを見ていたからです。


5章:現代におけるスカトルバットの応用

「フィッシャーの時代は良かった。電話一本で競合他社や元従業員と話せただろう。でも今は、コンプライアンスも厳しく、そんな生情報は取れない」

そう思うかもしれません。確かに、1960年代と同じ手法は使えません。しかし、インターネットが普及した現代は、ある意味で「スカトルバットの黄金時代」とも言えます。

私たち個人投資家が、フィッシャーの「精神」を現代で実践する方法は無数にあります。

1. オンライン・スカトルバット

私たちは、かつてのフィッシャーが夢見たような「生情報」のデータベースにアクセスできます。

  • 製品レビュー(顧客の声):

BtoC企業ならAmazonや楽天のレビュー。BtoBのSaaS企業ならG2、Capterra、ITreviewなどのレビューサイト。顧客の「不満」や「熱狂」が溢れています。

  • 企業の口コミ(元従業員・現従業員の声):

Glassdoor、LinkedIn、OpenWork、Vorkersなど。経営陣の評価、社内の士気、企業文化の「ギャップ」を見つける宝庫です。

  • SNS(業界関係者の声):

Twitter(X)やLinkedInで、特定業界の専門家、技術者、あるいは元従業員をフォローすれば、業界の最新トレンドや企業の裏事情が垣間見えることがあります。

  • 決算説明会(Q&A):

アナリストからの鋭い質問(と、それに対する経営陣の回答の歯切れの良し悪し)は、公式プレゼン資料よりもはるかに多くの情報を含んでいます。

2. オフライン・スカトルバット

デジタルだけでなく、現実世界での調査も依然として強力です。

  • 自分の「能力の輪」を使う:

あなたが働いている業界、あるいは情熱を注いでいる趣味の分野であれば、あなたはすでに専門家です。その業界の製品やサービスを実際に使い、同僚や友人に「なぜアレが選ばれるのか」を聞いてみてください。

  • 店舗・製品の観察(BtoCの場合):

実際に店舗に行き、店員の士気、顧客の反応、製品の配置を観察することは、何百ページのレポートを読むより雄弁です。

重要なのは、これらの情報は「ノイズ」も多いということです。スカトルバットとは、単一の「噂話」を信じることではありません。複数の、異なる立場の情報源からのピースを集め、それらが一つの「一貫した絵」を描くかどうかを検証するプロセスです。


結論:「何を買うか」は「どう調べるか」で決まる

フィリップ・フィッシャーが集中投資の世界に残した功績は、「成長株」という概念を確立したことだけではありません。

彼は、私たち投資家に対し、「企業分析とは、計算ソフトを叩くことではなく、探偵のように足で稼ぐフィールドワークである」という強烈な規範を示しました。

財務諸表が「過去」の成績表であるならば、スカトルバットは「未来」の可能性を探る内視鏡です。

集中投資とは、自分が深く理解し、心の底から「この経営陣となら運命を共にできる」と信じられる一握りの企業に、自分の資本の大部分を託す行為です。

その「確信」は、オフィスのデスクで数字を眺めているだけでは決して得られません。フィッシャーのように、企業の生態系に深く潜り込み、生の声を聞き、定性的な「質」を徹底的に追求することによってのみ、得られるのです。


次回予告:フィッシャーの哲学は、なぜ多くの機関投資家にとって実践が難しいのでしょうか? 次回、第13回「(理論) インフォメーションレシオの罠:アクティブ運用者が集中投資を避けがちな構造的欠陥」で、その謎を解き明かします。